院長紹介
細川 仁 Hitoshi Hosokawa
- 平成7年
日本大学松戸歯学部卒 - 平成12年
板橋区大和町にて開業 - 卒後29年、開業24年が経過
- 現在54歳
(大学卒業からの記載。長文です)
自分は平成7年に松戸歯学部を卒業し、その後、現在歯科予防の分野で著名な先生のもとで約2年間学びました。
やはり名を馳せる人というものは非常にバイタリティに溢れていて、ほとんど休むことなく勉強会やセミナーに参加されておりました。
当時勤務していた自分も、日曜や祝日を問わず、多くの休みを鞄持ちとしてご一緒させていただきました。
振り返ると、この勤務時代は自分の人生の中で最も厳しい時期でした。
お昼休みは、論文抄読や症例検討で休みがなく、診療時間は朝9時から夕方18時まで。
その後も、自分が担当した保険患者さんのインレーやFMCなどの補綴物の製作を行うため、医院を出るのはほとんど毎日22時頃でした。
帰宅は22時30分過ぎで、帰宅後はすぐに入浴して就寝。
そして翌朝8時前にはまた家を出るという生活を繰り返していました。
先生の教育方針は「技術は見て盗め」という昔ながらのもので、直接教えていただけることはほとんどありませんでした。
アシストがスムーズにいかないと厳しく指導されることもありました。
しかし、臨床に対する先生の姿勢は本当に素晴らしいものでした。
歯科に関する書籍をほぼ読み尽くし、その熱意や姿勢、勉強の進め方を間近で学ばせていただいたことは、今の私にとって大きな財産となっています。
特に印象に残っているのは『勉強の仕方』です。
毎月発行される歯科関連の書籍をすべて購読し読破。
その中から有名な先生の名前を覚え、臨床の経過を追う。
そして、素晴らしい症例に出会えた場合は、その先生と関わりのある先生についても調べる。
この勉強の仕方を教わり、自分は30歳で開業してから、自分の臨床スタイルを確立するまでの10年以上購入し読み続けました。
とはいえ、この勤務時代は「将来のため」と思いながらも、本当にツラくてツラくて、『若いうちの苦労は買ってもせよ』とありますが、「その苦労は適度の方が良いのでは?」と思っています(笑)
また、そのようなパワフルな先生の周りには、同じように高い志を持つ素晴らしい臨床家の方々が集まっており、卒後間もない自分にとっては、その診療に対する情熱や姿勢にただただ圧倒されるばかりでした。
当時は、銀塩フィルムを用いたスライドで症例を「ガシャコン、ガシャコン」と投影するやり方でした。
勉強会で、先生方がそのスライドを使いながら症例について熱く議論されている姿は、今でも鮮明に記憶に残っています。
その後、30歳で現在の板橋本町駅にて医院を引き継ぐ形で開業。
開業すると、院長として「教わる立場」ではなく「教える立場」になり、自然と一番上の立場に立つことになります。
その結果、周りが見えにくくなりがちです。
自分は、歯科医師を始め、先生と呼ばれる職業は常に学び続ける必要があると考えています。
しかし、開業後は誰からも指摘を受けることがなくなるため、国家試験時の古い知識のままで止まってしまう恐れがあります。
開業後も学びを続けるためには、毎月発行される歯科専門誌を購読するか、あるいは開業医同士が集まり症例検討を行う勉強会に参加するのが一般的です。
歯科専門誌を読むだけでも学ぶことはもちろん可能ですが、勉強会に参加することで、より多くの新しい情報や知識を得る機会が増えます。
ただし、勉強会に参加するには、勤務時代に院長先生がどこかの勉強会に所属していたなど、自分がそのような環境を知っている必要があります。
というのは勉強会というものは通常、月に1回行われ、参加している先生たちがみんなの前で順番に症例発表をする形式が大半だからです。
人前で発表することが出来るのが必要最低条件なため、通常、興味はあっても入会する一歩を踏み出すのがなかなか難しく、勉強会に属するのが少ないというのが現状です。
自分は開業前から毎月発行される歯科関連の書籍はすべて購読していましたが、症例発表を通じて臨床技術を研鑽する方がやはり自分の成長につながると考え、開業後は勤務時代の厳しい先生が所属していた『フォーラム東京』という「予防に特化した勉強会」に参加しました。
成長といえば、自分は「今ではなく10年後の自分の成長」という考えを常に持ち続けていて、この考えは54歳である今も同じ考えを持っています。
歯科の予防分野においては、熊谷先生(プロフェッショナル仕事の流儀という番組に出演されました)が立ち上げた「日本ヘルスケア歯科学会」が有名です(のちに熊谷先生は退会されました)。
フォーラム東京は、この学会の前身である「日本ヘルスケア歯科研究会」にルーツを持ちます。
フォーラム東京を立ち上げた河野先生や、日本ヘルスケア歯科学会の前会長である杉山先生など、錚々たるメンバーが集う予防中心の勉強会で、ここで自分は「むし歯や歯周病の予防」について学びました。
それと並行して、歯科医師の実力養成コースである藤本研修会の歯周病コースに1年間参加し、「歯周病の病態」そして「歯周病の治療方法」について学びました。
また、その講師である二階堂先生(日本歯周病学会・日本臨床歯周病学会前理事長)が主催する歯周病勉強会にも参加し、そこでは毎月英語の論文抄読を行いました。
当時、このような素晴らしい先生方に早く追いつきたいという気持ちが特に強く、休みの日には勉強会の他にも多くのセミナーや講演会に参加していました。
この頃は自分のカレンダーの休みの日に何も予定が埋まっていないと不安で、空いている日曜日や祝日に、セミナーや講演会を探して無理無理入れ込んでいました。
今思うとちょっと何かにとらわれていたのだと思います。
こうした集まりに頻繁に顔を出すことで、知り合いが増え、歯科医師や歯科衛生士向けの専門誌の編集者さんとも知り合うようになります。
歯科専門誌の編集者さんは多くの有名な先生方と接点があり、さまざまな情報を得ることができます。
ある日、福岡歯科医師会館で開催された「患者さんとの関係性を考える」という講演会に参加した際、帰りの福岡空港で編集長さん(現在は代表取締役)と話す機会がありました。
その際、「今後の歯科医院の生き残り方は何だと思いますか?」と質問したところ、編集長さんは「患者さんの要望に対して、多くの引き出しを持つことだと思います」と答えてくれました。
自分が得意な分野や興味がある分野には積極的に取り組むものの、興味のない分野にはなかなか手を出せませんでした。
しかし、この言葉を聞いたことで、自分が苦手な分野にも積極的に学び始めました。
勉強し実践することで、理論だけでは見えてこなかったことが見えるようになり、臨床の視野が広がったと感じています。
ちなみに、この福岡の講演会では、タイトルが「患者さんとの関係性を考える」だったので参加したのですが、講演で全顎インプラントの症例を自慢気に紹介された時は、正直「福岡までの旅費を返してほしい~!」と思いました(^^;
なぜそのように思ったかと言うと、インプラントというものは術者優先型で、患者さんとの関係性というものを考える場で出す症例ではないからです。
しかも全顎インプラント…。
発表される意図がよくわかりませんでした。
また、別の編集者さん(元編集長である畑さんが立ち上げた会社、インターアクションで活躍されています)とも関わりがあり、その方ともよく勉強会で会い、その後お酒を飲みながら話すことが多かったのですが、その席で本音を聞くことができることもありました。
その中で、特に印象に残った言葉は次の一言です。
「多くの歯科医院の中で真剣に勉強しているのは約3割。その中でも実践しているのはさらにその3割。ここにいるのはその3割の先生方です」
お互い酔っていたので根拠はないと思いますが、当時の自分はまだまだ新参者で(今も新参者だと思っています)、周りの素晴らしい先輩たちのように、自分もその3割に入りたいと強く思うようになり、さらに「がむしゃら度」が増しました(^^;
その後、どの方向に進むべきかで大きく悩みます。
開業してから『予防』と『歯周病』を中心に学びましたが、その先に進むべき方向性での悩みです。
新たな軸となる勉強会を探すことになりますが、勉強会にも様々なスタイルや方向性があるため、どれを選ぶかが重要となります。
学びたい内容が合っていないと、長続きしませんし、進む方向が大きく変わってしまいます。
大きな選択の岐路に立たされることとなります。
勉強会には山ほど多くの種類があります。
気軽に参加できる飲み会のような勉強会から、敷居が高くて通常では参加できない勉強会まで。
なぜ敷居が高い勉強会があるのかというと、発表の際に使う一枚のX線写真や口腔内写真から臨床姿勢のすべてがわかってしまい、もし参加したいのであれば、知識だけでなく、自分の臨床体系も大きく変える必要があるからです。
例えば、X線写真を説明する場面を考えてみます。
写真は小さくても、勉強会ではプロジェクターで大きく映し出されます。
そうすると、わずかなゴミや微細な違いが大きく目立つのです。
現像時間や温度管理によって鮮明度が変わり、直接指で触ったり乾燥状態や保管方法が悪ければ変色します。
照射角度や位置も正確でないと目的通りの画像になりません。
特に、微妙な骨の吸収具合や虫歯の進行を確認する際には、コントラストがとても重要です。
人前で発表するからにはこれらすべてを考慮しなければなりません。
今はデジタル化が進んでいますが、自分はまだ銀塩フィルムの方が鮮明度が優れていると思い使い続けています。
このX線の診る目が厳しいのが救歯会という勉強会を主催されている黒田先生です。
黒田先生は「コーヌスクローネ」という精密で特殊な入れ歯の第一人者で、勉強している人なら誰しも知っている先生です。
この救歯会は、日本で敷居が高いと言われる勉強会の1つで、フォーラム東京の先輩である斎藤先生もこの会に所属していて臨床に関する多くのことを教わりました。
ちなみに、今の私の趣味はランニングです。
以前は100マイル走るUTMFというトレイルランニング大会や、都内を200km走る小江戸大江戸200kに参加していました。
現在は、ハーフやフルマラソンのスピード向上を目指して練習しています。(54歳になると思うようにスピードが出せずに苦労しています…)
なぜここで趣味の話を持ち出すかと言うと、黒田先生はスキーが得意とお聞きし、その腕前はプロ並みとお聞きしたからです。
「仕事が素晴らしい人は趣味も素晴らしいのか!」と自分もその姿勢に感銘を受け、仕事に限らずプライベート含めてすべてのことに没頭し、一生懸命取り組むようになりました。
その結果、時間の大切さを実感するようになり、無駄に時間を過ごすことがもったいなく感じるようになりました。
そして、いかに時間を有効に使うかを常に考えるようになりました。
厳しい環境に身を置くことで自分が成長するという考えは、この時期でも持ち合わせており、悩みながらもこの敷居の高い救歯会への参加を決めていました。
この頃は、知識と技術をひたすら追い求めていましたし…。
ただ前述したように救歯会は非常にレベルが高い勉強会なので、入会するのに躊躇していた時、入会前に疑似体験しながら学ぶ「救歯塾」の存在を知り、ここで1年間学びました。
この救歯塾で学んでいる最中、『CDC (Congenial Dentists Club)』という歴史ある勉強会に出会います。
私にとって、救歯会は「歯科技術を広く学ぶ場」であり、CDCは「歯科医療に対する哲学的なアプローチを学ぶ場」という印象でした。
これらは私にとって相反するように感じ、どちらの道を選ぶべきか、大きな悩みとなりました。
なぜ悩むかというと、勉強会にはそれぞれ大きな軸や方向性があるからです。
どの勉強会に所属しているかで、その人の臨床スタイルがおおよそ分かります。
勉強していくと、その先生がまず勉強会に入っているのかが気になるようになり、そして入っているのであればどこの勉強会に入っているのかが気になるようになっていきます。
例えば、審美治療に特化した勉強会では、全顎的に歯を削り、美しい補綴物を装着することが主な流れとなっています。
このような勉強会に参加すると、その華やかな治療の流れが標準的な治療として認識され、それに基づいた臨床スタイルが固まっていく傾向があります。
自分は「できるだけ歯を削らず、最小限の介入に留める方が歯を長持ちさせることにつながる」と考えています。
しかし、この華やかな治療に絶対的な信頼を寄せる歯科医師も少なくありません。
つまり、どの勉強会に参加するかによって、自分の臨床スタイルが大きく影響を受けるため、それは非常に重要な選択だと言えるのです。
ホームページに掲載している「当院で手掛けた症例」の患者さんの治療を終えた後、当時の自分の知識と技術を尽くしても、その後の経過が思い通りにいかず、ずっと悩む時期がありました。
そこで、その答えを探求し続けていたのですが、偶然にもCDCの藤巻先生の長期症例にその答えがあると感じました。
やはり勉強していくと、自分が手掛けた症例がどれだけ長期間問題なく維持できるか気になるようになります。
5年という期間は短く、10年、できれば15年、いや20年は持たせたいと思うようになっていきます。
藤巻先生の症例はそのような長期症例をたくさんお持ちでした。
また、大学の先輩である本橋先生がこのCDCに所属していたこともあり、自分は救歯会ではなく、このCDCに入会することを決めました。
藤巻先生は片山先生と並ぶ素晴らしい臨床家です。
本橋先生は現在、東京歯科保険医協会で副会長として活躍されています。
CDCに入会すると、今まで見たことのない歯科の世界が広がりました。
それは、入会後に『片山恒夫』という偉大な臨床家の存在を知ったからです。
今の自分があるのは、この片山先生のおかげだと感じています。
片山先生は、誰もが保存不可能だと思う歯を20年以上も維持し続けるという、数多くの長期症例を持つ臨床家です。
また、歯周病を生活習慣から改善する方法を最初に示した人物でもあります。
おそらく今の歯科医師の中で片山恒夫を知っている人はあまりいないでしょうが、60代以上、いや70代以上で勉強されている歯科医師であれば、ほとんどの人がその名を知っています。
「どうしてこんなに予後不良と思われるのに長期間、歯を維持できるのか?」と疑問に思い、そこから新たな学びが始まりました。
片山先生が書かれた本や、彼が参考にした本を読み漁る日々…。
さらに、藤巻先生からいただいた「歯界展望」という1980年代に発刊された昔の歯科専門誌を通じて、当時の臨床家たちの熱い討論を読んだりもしました。
現在の歯科の流れは「どうしたらインプラントを上手く植えられるか?」「歯周外科を成功させるためには?」といった手技的な議論が多く見受けられますが、昔の討論はそのような口の中だけでなく、「その人の健康につながるモチベーション、行動変容」であったり、「想いを伝えるにはどうすべきか?」といった医の根本的な討論をしていたような気がします。
良い意味でも悪い意味でも時代は変わっていくものです。
また、以前「片山セミナー」というものが開催されていたのですが、私が片山先生を知ったときには残念ながらすでに他界されており、「片山ビデオセミナー」という合宿に参加しました。
この合宿は、朝から晩まで3日間、朝8時から夜23時ごろまで、片山先生の講演内容を録画したビデオをひたすら見続けるものです。
内容は哲学的で非常に難解でしたが、その中で進むべき方向性が見えてきました。
片山先生の行う治療というものは、ノンペーストで長時間のブラッシングを行う『オーラルフィジオセラピー』という治療法ですが、これはただ単に歯を磨かせるだけの方法ではありません。
歯ブラシを処方するという概念を持ち、患者さんの生活背景に深く入り込み、一口50回噛みや呼吸法など食習慣や生活習慣をじっくりと改善し、歯周病を含めた噛み合わせなど全体的にアプローチしていく治療法です。
しかし、この治療法を実践している歯科医師は非常に少なく、自分はその難しさを実感しています。
現在、日本で「オーラルフィジオセラピー」を実践している歯科医師は数名程度です。
私の知る限りでは、藤巻先生と、この治療法に関する書籍「オーラルフィジオセラピー」を執筆された小西先生だけです。
では、「歯周病を治す効果があるのに、なぜこの方法を行う歯科医師がいないのか?」という疑問が湧きます。
その答えは、この治療法が患者の生活背景や生活習慣に深く関与する必要があるため、簡単には実践できないからです。
つまり「やらない」のではなく、「やれない」のです。
そこで「患者さんと真剣に向き合うには歯の勉強だけでは足りない」と気づき、今まで進んでいた歯科技術の学びから、哲学や思想、さらには宗教的な視点にも目を向けるようになり、時に「生と死」なども考えるようになりました。
自分は高校2年の時に親友を心筋梗塞で失い、大学1年の時に仲良かった友人3人を交通事故で失っております。
若い時に「死」というものと向き合うことになったのですが、この流れはある意味必然的だったのかもしれません。
現在、待合室に置いてある本の数々は、その時に読んで特に感銘を受けたものばかりです。
場所の都合でここに置けない本はスタッフルームに保管してありますが、本が何百冊もあるので部屋が狭くなっていて、スタッフには申し訳ない気持ちがあります。
それでも、これらの本は自分の原点であり、大切な宝物です。
この時が30代の終わり。
40歳を迎えたとき、仕事やスタッフとの関係、患者さんとの関係で悩み始めます。
自分の進む方向に医院を早く作りたいがために、スタッフに半ば強引に勉強させたり、自分の学んだ技術が正しいと思っていて、その枠の中に患者さんを押し込もうとしていたので、今思うとその関係が上手くいかなくなるのは当然のことです。
プライベートでもギクシャクしてきたので、流石に何かおかしいと気づき、徐々に自己を見つめ直したいと思うようになっていきました。
そこで、年末から年始にかけての1週間、栃木にある瞑想の森内観研修所で集中内観を行うことにしました。
この内観療法というものは、吉本伊信先生が提唱した日本を代表する精神療法の一つで、畳半畳のスペースで、朝から晩まで過去から現在までの自分をじっくりと見つめ直すという内容です。
なぜこの集中内観を選んだかというと、前述の藤巻先生に「自分を変えたいが、本をどれだけ読んでも変わらない」と相談したところ、藤巻先生自身がこの内観療法で変わったと聞いたからです。
そこで年末から年始にかけての集中内観を申し込もうと思ったのですが、1つ問題が生じてしまいました。
毎年、年末から年始は通常実家に帰っていたのですが、「集中内観を行うから帰れない」というと、「なんで?」となり、内観の説明をするとどうしても怪しい宗教に洗脳されているように思われ大反対されました。
100%納得はされませんでしたが、なんとか頭を下げて集中内観を受けられるようになりました。
そして年末になり集中内観が始まります。
研修が進むにつれ、2~3日目あたりから食事を摂ることが甘えのように感じ、急遽断食を決意。
残りの4~5日間は水と塩だけで過ごしました。
この集中内観で、吉本伊信先生から得た最も大きな教えというものは、「すべての物事がうまくいかないのは自分自身の至らなさである」ということでした。
この教えをもとに、自分の方向性を再度考え直しました。
その結果、自分の答えは「困っている人を救うことが医療の原点であり、ただ単に噛めるようにすることではない」というものでした。
そこで、どうすべきかを考えたとき、自分は「どんな人でも受け止められるような歯科医師になるため、臨床心理学を学びたい」と決心し、カウンセラーの頂点である臨床心理士を目指すことになりました。
ただ、自分は開業しているため、学ぶとなれば通信制の大学院しか選択肢がありません。
通信制の大学院として学べるのは、東京福祉大学、佛教大学、放送大学の3つしかありません。
しかし、臨床心理学を学んでいない自分が受験するには、まず基礎的な心理学と臨床心理学の学習が必要です。
そこで、すぐに受験するのは後回しにして、「臨床心理系大学院受験のための予備校」に1年間通うことにしました。
しかし、その内容はすべてが初めて聞く言葉ばかり(フロイト?超自我?愛着?など)で非常に難しく感じました。
それでも、やるしかないと勉強するのですが、覚えては忘れ、覚えては忘れの日々が続きました。
1年後、そろそろ受験しようと思い、それぞれの大学に受験に関する情報を尋ねに行きました。
まずは池袋にある東京福祉大学。
自宅からも近く、最初は一番の選択肢でした。
しかし、事務の方から資料をいただいて受験について尋ねていたところ、「仕事の片手間で臨床心理士が取れるほど甘くはないんですけどね~」と皮肉を言われてしまいました(涙)。
この一言で、この大学は自分の選択肢から外れました…。
次に訪れたのは佛教大学です。
オープンキャンパスがあったので、京都まで説明を受けに行きました。
こちらでは、逆に素晴らしい対応をしていただきました。
大まかな話をしているうちに、「ぜひお越しください!お待ちしています!」と丁寧に挨拶され、気持ちが佛教大学に傾きかけましたが、最後に放送大学も見学してみました。
放送大学と言えば、テレビのチャンネルを変えていると、急に授業が始まるので「変な大学だなぁ…」としか思っていませんでした。
通年制の大学ではないし、周りで放送大学を出ている人はいないし、聞いたこともないですし。
その当時は「間違えて押しちゃった…」とすぐに娯楽番組に戻していましたが、実際にオープンキャンパスで話を聞いてみると、「社会人大学生」として生涯学習されている割合が非常に高いことが分かりました。
通常、大学では入学後に単位を取得し、必要な単位が揃った時点で卒業します。
しかし、放送大学では入学前に単位を取得することが可能だとお聞きしました。
つまり、この仕組みを活用すれば、単位をあらかじめ取得しておき、入学後は卒論(研究計画書)のみに集中することができるようになります。
この制度を知り、これはとても素晴らしい仕組みだと感じました。
臨床心理士の資格を得るには大学院を卒業する必要がありますが、この制度を聞いてからは、「受験勉強を通じて自分の知識を深めることの方が大切だ」という考えに至りました。
そして、「受験や資格取得を得ることはあくまでも一通過点であり、自分の成長をじっくりと学ぶことがあってこそのもの」と受験よりも学ぶことを目的にするようになりました。
このように放送大学のオープンキャンパスに参加してからは考えが大きく変わり、放送大学で半年ごとに1科目ずつじっくり取り組みながら単位を取得するようになりました。
今はすでに10年以上在籍しており、卒業に必要な単位はほぼすべて取得してしまったので、今は再度同じ科目を復習がてら勉強したりしています。
この間、ライフスタイルに大きな変化があり、入学はまだ数年先になりそうですが、臨床と勉強のバランスを取りながら、10年後、あるいはそれ以上の先に臨床心理士の資格を取得できればいいなと思っています。
この流れが大学卒業してから現在までの大まかな流れとなります。
若い頃は、どうしても自分の知識や技術の習得にばかり意識が向きがちで、目の前にいる患者さんの存在を軽視してしまいがちです。
最新の情報に飛びつきたくなりますが、80年代の歯科専門誌を読むと、インプラントやCAD/CAM冠といった新しい技術は登場していないものの、むし歯や歯周病への取り組み自体はあまり変わっていないように思えます。
卒後から30代で追い求め続けた知識と技術を土台に、「目の前にいるのは人である」ということを常に意識しながら、これからも患者さんと向き合っていきたいと考えています。
※現在、歯科医療の主流は「エビデンス優先型」ですが、私は「想い優先型」を大切にしています。
「エビデンス優先型」では術者の考えが優先され、患者さんの気持ちが後回しにされているように感じる場面が見られることもあります。
少しでもこの考えが若い歯科医師に届いて「想い優先型」の歯科医師が増え、迷い続ける患者さんがいなくなることを心から願っています。